*D*


 春先の公園は、多少日差しがきついが人気もあまり無く、辺りは小鳥の鳴く声と、噴水の涼やかな音色が響くのみであった。
「やれやれ…やっと人心地つけるか」
 ベンチに座り空を見上げると、少し霞んだ青空が一面に広がっているのが、疲れた目に心地よく映る。
「なーにやってるんスか宏海さん? こんな所で」
「………」
 そりゃこっちのセリフだ。
 いきなり視界に飛び込んできた少女――陽子に対する言葉は声にならず、代わりに顔の筋肉が無様に引き攣るのみであった。

「自分っスか? ボーイハントっス。平たく言えば逆ナンっス」
 一番会ってはいけない類の相手じゃねえか。ベンチの隣に腰掛け、嬉々として語る陽子から顔を逸らし、宏海は苦い顔をした。

「……ってまあ、結果は見ての通り、惨敗っスけどね」
 男心はままならないもんっスねー、と困ったように笑う陽子の前髪が、春風にぴこりと跳ねる。
「そりゃ相手構わず声掛けまくってたら男じゃなくても引くだろ」
「えっ!? 何で知ってるっスか宏海さん? ひょっとしてエスパーっスか?」
「やってたのかよっ!」
 当てずっぽうでついた相槌の的中っぷりに、思わずつっこみが口をつく。

「お前なあ…そりゃ駄目だろ。男だろうが女だろうが、見境無しになって上手くいく話なんて聞いた事ねえぞ?
最低でも、相手は絞り込んで押した方が、相手の為にもなるってモンだろうが」

 身近に大変よく分かる実例が居るだけに、宏海の話には重みがあった。
 しかし後半は、先程から押し切られてばかりの男に説かれたくない程度に全く説得力が無い訳だが。
「…そっスね」
 誰の事を言っているか想像がついたらしい。眉間に皺を寄せ、考え込んでいるらしい表情になる。
 陽子としても、あの三角頭と同じ土俵で語られるのはさすがにいただけないようだ。
「わかったっス。自分、ちゃんと相手を絞るっス!」
「あーそうかそうか。…じゃ、オレはこの辺で…」
 適当に返し、この場を立ち去ろうとした宏海は――次の瞬間、鼻息荒いままの陽子に白昼堂々、押し倒されたのだった。

「な、何すんだオマエっ!」
「相手絞ってるっス! 自分今から宏海さんの事、押して押して押しまくるっス! 連打するっス!」
「なんでホットギミック!?」
「辱し固めも辞さないっスよー!」
「せんでいい! …コラっ! シャツ捲るな! わーっ! 耳! 耳!」
 興奮のせいか、普段は隠している筈の彼女の正体である狐の耳がいつの間にか出てきていた。
 人の姿は少ないが、騒ぎになるのは困る。宏海は小柄な陽子の体を脇に抱えると、ベンチから少し離れた茂みへと小走りに駆けた。

「こんな真っ昼間から……宏海さんって意外とダイタンっスね」
「バカかお前! お前があんな所で耳なんか出してき…だから脱ぐなって!」
 何を勘違いしているのか、陽子は身を隠していた茂みの中で、穿いていたホットパンツを脱ぎだした。
 すらりとした陽子の脚に、つい心臓が大きな音を立ててしまう。
「でも、尻尾が納まりきらなくなってきたっス。宏海さんの尻尾も窮屈になって来てないっスか?」
「な、なるかっ!」
 ふさり、と毛並みのいい尻尾を揺らせながらニヤついた表情で見る陽子に背を向け、怒鳴り返す。
 こういう時に逃げだせばいいものを、妙なところで責任感が強いのもまた、宏海の弱点だった。

「ふーん……でも」
「おぅあっ!?」

 きゅっ。
 背を向けていたのが仇となったか。
 背後から抱きつかれ、ジーンズ越しに股間を軽く握られて、うっかり声を上げてしまった。

「へへー。ちょっと固くなってるっス。発情しちゃったんスね?」
「……!!」
 振り返り睨んでも、笑みを浮かべる陽子の顔は変わらなかった。
「いいっスよ。自分も発情してるからお互い様っス。……それに宏海さんになら、自分、メチャクチャにされてもいいッス」
 まるでじゃれ付く獣の仔のように、屈託の無い表情でしがみ付く少女。
 あどけない姿と裏腹な台詞に、崖っぷちまで追いつめられていた宏海の理性が崩されるのは時間の問題だった。

 ――ああもう。ひょっとしてこの魔法、オレにも掛かってんじゃねえのか?
 様々な感情が渦巻いている思考の中で宏海は、ともすれば押しつぶされそうにさえ感じる黒い情欲を吐き出すかのように、
少女の体に覆いかぶさった。


「……はふぅ、も、ダメっス……。自分、腰抜けちゃったっス…ふぁんっ!」
 芝生に爪を立て、恍惚から未だ覚めやらぬ陽子は、握られていた尻尾を離され、軽く身を震わせる。
 情交の熱も冷めやまぬ桜色の秘裂は、陰茎を抜いて尚ぽっかりと穿たれた痕を残し、もの欲しげにぬるつく蜜を零し続けていた。

 大概の獣の弱点であるとされる尻尾は、妖狐の化身である陽子にとってもまた、弱点であった。
 力一杯尻尾を握られながら背後から貫かれる快感は、人間には知覚出来ない類のものであろうが、少なくとも宏海にとっては、
無駄撃ちを防ぐ手立てとなったのだ。
「………」
 ポケットに入れていたティッシュで行為の跡を拭うと、宏海は、裸で横たわる陽子にそっと上着を掛けた。
「あー…もう、何やってんだろなオレ」
 頭を掻き呟いても、何の解決にもならない。腹立たしい事この上ないが、事実だ。
 自分の情けなさを心底恨めしく思いながら、宏海は静かに公園を後にした。

*        
 魔法のせいでエンカウント率まで上がってしまったのだろうか。どうにも顔見知りに遭遇する確率が高い。
 それとも、適当にぶらぶらとうろついてるのが悪いのだろうか。
「…誰も居ない所って言ってもなあ…」
 はあ、と溜息混じりに呟き公園を出て――宏海はある考えを思いついた。

「そうか。連休だったら今の学校、誰も居ないんじゃねえか?…いや、それとも伊舞に匿ってもらうか…」


『学校に潜む』→Aへ
『伊舞の所へ行く』→Eへ

作品倉庫

TOP

inserted by FC2 system