宏海×矢射子 2006/03/13(月) 22:08:40 ID:zL0fG7KL


「うん、何も不自然じゃないわ。完璧よ」

 百手矢射子は、放課後の生徒会室で一人つぶやいた。デスクの上には、新品
の白いカッターシャツが綺麗にたたまれ置かれている。

「制服びりびりにしちゃったんだもの、新しいのを買って返すのは別に怪しく
ないわよね…。うん、怪しくない。自然な流れよ。後付けの匂いなんて一切感
じさせない周到な展開だわ」

 ぶつぶつと声に出しながら、矢射子は生徒会室をぐるぐると歩き回る。

「…ちゃんと手紙読んだかしら、阿久津のやつ…太臓に邪魔されてなければ
いいけど…」

 阿久津宏海、通称「赤い悪魔」。学校一の不良との呼び声も高い男だ。
もっとも、史上空前の変態である太臓や、その目付役の悠とつるむようになっ
てからというもの、喧嘩をする暇もないらしく、最近ではほとんど悪い噂を
聞かない。
 矢射子は以前、彼の制服をはからずもズタズタに引き裂いてしまったことが
あった。おかげでバレンタインのチョコレートも渡せなかったし、阿久津にも
誤解されるし、踏んだり蹴ったりだと矢射子は感じていた。

「あれは仕方なかったのよ、阿久津が後ろから突然やってきたりするから。
これもあのくされ太臓のせいだわ!今度会ったら頭の上に照明落として
やるんだから」

 でも今度は大丈夫、と矢射子は自分に言い聞かせる。

(今日は生徒会のない日だから誰も来ないだろうし、カギもかけられるし、
手紙には太蔵達を連れてこないように書いたし、何よりこうやってちゃんと
予行演習の時間を設けたんだから。ちゃんと新しいシャツを渡して、それから)

 矢射子は、シャツの隣に、包装紙でくるんだ箱をそっと置いた。

(チョコは渡せなかったけど、シャツを返すついでにお菓子くらい渡しても
別におかしいことじゃないわよね。第二ラウンドよ、第二ラウンド!)


 その時チャイムが鳴って、矢射子ははっと時計を振り仰いだ。時計の針が、
四時十五分前をさしている。約束の時間まであと十五分だ。
 矢射子は、いつも持ち歩いている木刀をそわそわと握った。精神統一のため
木刀を青眼に構え、深呼吸して心を落ち着かせる。

(やばい、緊張してきたわ。阿久津が来たらなんて言おうかしら、そうだわ、
第一声をどうするかってのは重要じゃない、あたしってば馬鹿なんだから!
ええと、最初は…)

「ほーっほっほっよく来たわね阿久津宏海!ありがたいと思いなさい、新しい
シャツをくれてやるわ!ケーキも作ってやったんだから、感謝する事ね!
そら、床に手をつきなさい、はいつくばって受け取るのよ!そしてあたしの足をおなめ!」

 椅子の上にダンと足を踏みのせながら、矢射子は高らかに叫んだ。デスクの
上にちょこんと乗っかっているクマのぬいぐるみの喉元に、木刀の先をつきつ
ける……が、矢射子はすぐに、振り上げた腕を力なくたらしてしまう。

(駄目よ駄目、これじゃいつもよりタチが悪いじゃない、もっとこう、しおら
しいあたしをみせてぐっと言わせる……そうよ、ギャップ!ギャップで攻める
べきだわ!妹いるし、幼女趣味とかいう噂があるし…甘えられるのが好きなのかも)

 今度は、両手を豊かな胸の上に重ね合わせ、小首をかしげて言ってみた。
勿論相手はクマのぬいぐるみだが。

「あ、阿久津…いきなり呼び出してごめん…でもあたしどうしても、阿久津に
新しいシャツを返したくて…破いちゃってごめんね、あの時はあたし自身の
胸のはりさけるのを避けるために、阿久津のシャツに犠牲になってもらっちゃ
ったの…本意じゃなかったのよ、本当は、シャツじゃなくて、阿久津の胸に………」

 そこまで言ったところで、矢射子の肩が震え出した。次の瞬間、矢射子の
木刀は、クマのぬいぐるみの顔のど真ん中に突き刺さっていた。
 矢射子の雄叫びと、ボスッという破裂音と共に、クマの腹に詰まっていた
綿がぶちまかれる。

「あたしキモォ!こんなん無理無理!もっとナチュラルに…好感度高く…
ううん、どうしたらいいのかしら…」

 矢射子は、困り果ててその場に座りこんだ。立てた膝の上にあごをのせる。
 窓の向こうから、部活動に勤しむ生徒達の声がわんわんと聞こえてくる。
 その中に、無意識に宏海の声を探してしまい、そんな自分に矢射子は顔を赤
らめた。思えば、宏海の前に出る度過剰に反応してしまって、いつも失敗して
いる。向こうも、ろくな印象を抱いていないだろう。だが仕方がない。阿久津の顔を見るだけで、
いてもたってもいられない程うろたえてしまうのだ。
 
(あーもうめんどくさいわね…何悩んでるのよこのくらいのことで!
何も告白しようってわけでもないのに…)

 矢射子は、いらいらと床を叩いた。


「いっそのこと、手紙だけ残して……ううんそんなのだめよ、自分で渡さない
と意味ないわ!ゴルァ阿久津!いいから黙って笑って頷いてこれ受け取りなさいよ!
新品よ!新品のシャツなのよ!あと徹夜で作ったフルーツケーキよ!さっさと
受け取らないと、あんたと太臓がデキてるって生徒会新聞に載せてやるからー!!
…なーんてっ、もうこれでいいじゃない、アッハハハハハハハ」


 と、その時だった。


「…なんだかよくわからんが、最後のはマジ勘弁してくれ」



 ぼそぼそと低い声がして、矢射子は1メートルばかりも飛び上がった。
 慌てて振り向くと、生徒会のドアから、宏海が顔を半分だけ覗かせている。



「は、はわわわわわ阿久津ー!!何見てんのよ!四時に来いって言ったでしょ!」
 
 矢射子が叫ぶ。
 宏海は、矢射子のそのけたたましい声に頬をひきつらせた。
 時計の針は、四時五分前を指している。

「いや、だからちゃんと四時までに来たんじゃねえか…」
「馬鹿ね!四時に来いってことは四時ぴったりに来いってことよ!大体あんた、
不良のくせにちゃんと時間守るなんて言語道断だわ!湘南純愛組でも読んで
出直してきなさいよ!」
「なっ…おれは暴走族じゃねーぞ!」
「フン!似たようなもんじゃない、太臓とつるんでる時点で人生暴走してるわよ!」
「それを言うなそれをー!!」

 ひとしきり言い合った後、矢射子は、いつまでたっても部屋に入ってこない
宏海に気づいて、言った。

「なんで入ってこないのよ、入ってくればいいじゃない」
「……ドアに、『入ったら殺す』って書いてあるじゃねえか」
「あっ!そ、それは…っ」

 それは、矢射子が、宏海との時間を誰にも邪魔されないように貼った張り紙だった。

「……うるさいわね!あんたはいいのよ!さっさと入ってきなさいよ!その
くらいでびびるなんて、あんたそれでも不良なの!?ろくでなしブルースでも
読みなさい!」
「さっきから古いなお前…」

 めんどくさそうにしながらも、宏海は素直に生徒会室の中に入ってきた。
 後ろ手にドアを閉める。
 ドアの閉まるガチャリという音が、矢射子には何かの始まりを告げる音に
聞こえた………その瞬間。




「おおっ、悠の言った通りだ!宏海の野郎、密室に矢射子をおびき寄せたぞ!
こ、これから何が起こるんだ!?」


 頓狂な声が上がって、矢射子は青ざめた。


(ま、まさかこの声…!)


 その声は、生徒会のロッカーの中から聞こえてくるようだった。
 続いて、淡々とした小声が響く。

「そうですね、軍儀、毛狩り、テニスの試合、憑依合体、もしくは憑依でない
合体のどれか一つは確実に行われるでしょう」
「マジでか!さ、さ、最後のって何!?」
「何エロいこと考えてるんですか王子、AMONのことですよ」
「誰も知らない知られちゃいけない!?」


「おのれらあァアアア!!!」


 矢射子の叫び声が空を切り、繰り出した刀がロッカーを完全に貫く。
 今度は木刀ではない!
 が、開いたロッカーの扉からは、はらはらとスカーフが舞い落ちただけだった。


「ス、スカーフだけ…!?」


 矢射子が振り返ると、宏海につまみあげられた太臓が、おにぎり頭を振り
乱しながら何やらわめいているところだった。

「今だ!心をひとつに合体させるんだよ宏海!」
「お前は幻海師範か!」
「死以外に決着はないぞ宏海」
「うるせえ!」



(あーん、もうなんでこうなるのーー!!!)

 矢射子は、刀を握りしめて天を仰ぐのだった。



「そんでお前ら、一体何しに来たんだよ」

 宏海が、悪びれもせず突っ立っている二人に言う。へらへら笑っている太臓の
横で、悠が無表情を崩さず答えた。

「お前の机の中に矢射子からの挑戦状が入っているのを見て、せめてもの応援
として客席で技の解説でもしようと思ってな…」
「ほおー、随分見やすそうな客席だな」
「お前!矢射子ねーちゃんを呼び出して何するつもりだったんだ!?」
「おれが呼ばれたんだよ!字も読めねえのかお前は!」

 言い合っている三人を見ながら、矢射子は額に青筋を浮かべていた。

(ほんっと我慢ならないわ、太臓の奴、何度私の恋路を邪魔すれば気が済むのよ!
今度という今度はギッタギタのメッタメタに……!!)

 ジャキンという音に三人が振り向くと、矢射子が、全身に殺気をみなぎらせて
突撃してくるところだった。目が血走り、口元はぴくついている。

「太臓…あんたを呼んだ覚えなんかないのよ!消えなさい!」

 矢射子のその、闘神のごとき壮絶なオーラに太臓はひるみ、ひるむついでに
慌ててズボンをずりさげるのだった。

「装甲されたらまずい!召還だ!」

 太臓のアスタリスクゾーンが、まばゆい光りを放って生徒会室を照らす―――――


「こ、こいつは!!」


 巨大な影が、四人の前に現れる…




「みんなで目指そう!19世紀英国の貞淑さ!児童ポルノ禁止法の僕、
エロガード・エロリップみたび参上!」

「な、何ィ――――!!むっつりスケベー!?」



 そう、四人の前に姿を現したのは、ハバネロ錬金術師エロガード・エロリップ。
かつて、そのむっつりスケベさで二度も周囲に大迷惑をかけた間界の悪魔だ。
その頭には、前回と違い、なぜか動物の耳が生えている。
 スケベな者に対して厳しいので(自分もスケベだが)、太臓にとってはかなりの
難敵だった。

「お、お前、成仏したはずだろー!!」
「なんで犬耳が生えてんだ…?」
「ふっふっふ、成仏する間際、間界の児童ポルノ規制協会からスカウトされてな…
こうして甦ったのだ!ふとどきな淫人(えろうに)の居場所を示す金コンパスを
頂いた我が輩はまさに無敵!」

 エロガード・エロリップが、金の鎖の付いたコンパスを頭上に掲げたのを見て、
宏海がめんどくさそうに突っ込んだ。

「その針お前自身を指してねえか?」
「だまれ、お前の頭の中に煩悩の塊が見えるぞ!となりの二つの丸い物体を気に
して今にも鼻血が出そうなほど赤い髪をしている!」

 そう言われて反射的に隣の「二つの丸い物体」を見てしまった宏海は、矢射子と
目があって顔を赤らめた。矢射子が、とっさに腕で胸を隠す。

「な、何見てんのよ阿久津!変態!」
「うるせえな!条件反射だ!おいこのむっつりスケベ、髪の色なんか関係ねーだろ!
おい太臓、こいつなんとかしろ!お前が呼んだんだろ!」

 太臓は、しっかりと書き込みされた顔でうめいた。

「エロガード・エロリップ、政府の犬になりさがったってわけか…」
「お、珍しく真面目に怒ってる」
「児童ポルノ禁止法が施行されたら、王子ごと抹消されてしまうからな」


(くっそ、次から次へと邪魔ばかり!本当に規制されちまえ太臓!!)



「とりあえずそこの鼻血髪のお前と、淫猥な頭の形をしたお前はこの世から規制
させてもらう!」

 エロガード・エロリップは、なにやらどこかで見たことのあるような槍を
取り出すと、宏海と太臓の方にじりじりと詰め寄ってきた。だが、そのくらいで
ひるむ宏海ではない。

「へっ、やれるもんならやって…」

 と、その時、宏海の隣で炎のような殺気が吹き上がった。


「邪魔者は消えろって言ってんでしょーーーーー!!」


 我慢の限界を超えた矢射子が、刀を振りかざしてエロガード・エロリップに
突撃をかましているところだった。大きな胸が、バルバルと揺れている。その
揺れる乳を見て、エロガード・エロリップの暗い目が光り輝いた。

「あ、あばれエロ居乳を発見!危険度G!Gの予感!触診して爆発物でないことを
確認した後、排除する!」

 エロガード・エロリップは、槍をぶんと水平に繰り出した。槍は矢射子の服を
かすり、ついでにデスク上のものをなぎ倒した。
 矢射子の用意したシャツとケーキが、無残にふっとぶ。
 それを見て、矢射子はああっと声を上げた。さっきの一撃で制服の胸元が引き
裂かれ、ボリュームたっぷりの胸の谷間があらわになってしまっていたが、そん
なことも矢射子は忘れていた。

「シャツが…!!」
「馬鹿、危ねえぞ、こっちこい!」

 思わず駆け寄ろうとした矢射子の腕を、宏海の大きな手がつかんだ。宏海は、
そのまま矢射子を部屋の隅に引っ張り込む。
 と、部屋の角でで待ち構えていた太臓は、矢射子の胸に押しつぶされて歓喜の
悲鳴を上げるのだった。

「じ、G!Gの力が!!おれの禁鞭がますます俊敏な動きにィー!!」
「いやーっこのどぐされ変態ー!!」
「むむっ、スケベ頭部がエロ巨乳と合体し、これで猥褻度は倍率ドン!
許すまじ、恐るべき大発情時代…!!」



「くっそ、右も左も変態ばっかりだ!おい悠、あのむっつりスケベだけでも
なんとかしろよ!」

 ぎゃあぎゃあとわめくメンバーを飄々と見物していた悠は、宏海に声をかけ
られてようやくその見物の体勢をといた。ごそごそとポケットの中をあさり、
小さな箱を取り出すと、宏海の手に押し付ける。

「仕方ないな。このままではあまり面白展開になりそうにないし…。
宏海、いざというときのためにこれを渡しておくから」
「は?」

 きょとんとしている宏海に、悠はこくんと頷いた。

「がんばれよ。最後まで力いっぱいやりぬくんだ。妥協するな」
「おい、これって一体」

 悠はそれには答えず、太臓達に向き直った。太臓はその時、エロガード・
エロリップに向かって今まさに放屁しようとしているところだった。

「くっそ、健全な青少年の敵め!これでもくらえ!!」

 宏海は慌てて矢射子を床に引き倒し、鼻をつまんだ。直後、爆発音にも
似た音が響く。

「矢射子、鼻つまめ鼻!!」
「きゃああああ臭い!臭いわよー!!」

 その騒ぎを尻目に、悠は、もだえ苦しんでいる宏海と矢射子
(とエロガード・エロリップ)の前を素通りして生徒会室のドアを開けると、
太臓に向かって叫んだ。

「王子!今、全裸の女性が複数人その廊下を駆け抜けていきました!」

 その言葉に、太臓とエロガード・エロリップが、神経をつつかれた
かえるのように激しく反応した。

「何、全裸!?なんで学校で全裸!?」
「春だからでしょう」
「な、なんだと!?それは捨ておけん!この学校で狂乱のサクラ大戦が
起きる前に、その痴女どもを排除せねば!!」」

 太臓が、ジェット機のような勢いで生徒会室から飛び出していく。続いて
エロガード・エロリップも、電光石火の速さで走り去った。最後に悠が、
ちらっと二人を振り返って、静かに出て行く。


「一体なんだっていうのよ、もう!皆で邪魔ばっかりするんだから!」

 乱れた生徒会室の真ん中で、矢射子はいらだたしげに叫んだ。

(あたしはただ、阿久津にお返しをしたいだけだったのに…)

 愛用の椅子はひっくり返っているし、ロッカーには穴が開いたし、太臓の
最後っ屁の匂いが漂っているし……周囲の状態は悲惨だ。ぷんぷんしている
矢射子の傍らでは、宏海がようやく身体を起こすところだった。

「…もう慣れちまった自分が嫌だ…っておい」
「何よ」
「それ、なんとかしろ!」

 見ると、宏海は、ひっしで顔矢射子からをそむけているのだった。その頬が
真っ赤なのを見て、矢射子はようやく、自分が胸元を派手にはだけさせたまま
立っていることに気づいた。

「……何よ、あんたも真白木と一緒ででかいのには興味ない口なんでしょ!?」
「おれをあいつと一緒にするな!…あークソ、ボタンが割れてる…。
ったく、お前と関わってもろくなことねーなー」

 げんなりした感じの宏海の言葉に、矢射子はかっとなった。座り込んでいる
宏海の傍に詰め寄り、その胸元をつかもうと腕を伸ばしながら、怒鳴る。

「何ですって!?元はといえばあんたが太臓なんかと…」
「わっ、おい、だから胸隠せって!」

 今や、その谷間は宏海の顔面に迫ろうとしていた。宏海は、必死で首をねじって
そこから目をそらしている。その様子に、矢射子は意味も無く腹が立った。


「うるさいわね、胸がなんだってのよ!」

 そう言って、もがく宏海の制服をつかもうとした矢射子の腕が、下に滑った。
 そしてその時、矢射子の腕に、妙に硬い感触がかすったのだった。

(ん!?い、今のって……)

 思わず宏海の顔をまじまじと見つめると、宏海は足を胸の前に引き寄せ折り
たたみ、そこに赤い顔を伏せてしまった。

「………!!」
「…」

 気まずい沈黙が二人の間に流れる。
 行き場のなくなった腕をひっこめ、矢射子は、もそもそと言った。

「…あ、あの」

 言いよどんでいる矢射子を見て、宏海が何回目かのため息をつく。

「…………男だから仕方ねえだろ。別にお前が悪いわけじゃねえし、
気にすんな。もう行けよ、なんかもーいつにもまして疲れた」

 自己嫌悪に陥っているらしい宏海の顔を見て、矢射子は少し罪悪感を
感じた。

(こ、こういう時ってどうすりゃいいのかしら。よく、漫画では男が
『責任取れ』って怒ってるわよね…阿久津は優しいからそういうこと
言い出せないのかもしれないわ。ふん、何よなめちゃって)

「……そ……そ、そんくらい!責任とってあげるわよ!触りたければ
触りなさい!」

 矢射子は、そう言って胸を張った。宏海は、そのせり出した膨らみから
嫌そうに顔を背け続ける。少し怒っているようだった。

「お前って案外お子様なんだな、触ったぐらいで終われっか!
 早くどっか行けよ、これ以上べたべたされたらおれも変態の仲間入りしちまう」

 それを聞いた矢射子は、荒々しく宏海の手をつかみあげた。宏海が、
ぎょっとしたように矢射子を見上げる。


「あ、あんたあたしのこと馬鹿にしてるのね!?年下のくせに!
あんたこそ、乳もむ度胸もないんでしょう!」

 言って、そのつかんだ手を胸に押し当てる。宏海の手が、矢射子の手の中で
魚のようにびくつくのが感じられた。

「うわああ、お前なあ!そういう問題じゃねえっての!」
「別に減るもんじゃないしいいのよ!」

 宏海が矢射子を押しのけようとすると、その手は柔らかい肉にうずもれてしまう。
 その手は、すぐに握りこぶしに変わった。固く握られた宏海の指は、ぶるぶると
震えている。宏海の口から、くいしばるような声がもれた。

「くっそ、お前、おれもう我慢できねえからな…!」
「だから、良いって言ってるじゃ」



「……いいんだな?」



 その声が、今までと違ってあまりにも低くきっぱりとしていたので、矢射子は
思わず間の抜けた声を上げてしまった。

「え?」




 次の瞬間、泳いだ視線が天井をすべり、矢射子は、自分が床に引きずり倒された
ことを知った。ぽかんと見上げた天井を、宏海の厚い胸が覆っている。

「えっ、阿久津…」
「お前が悪いんだからな。今更嫌だっつっても知らねえぞ」


一瞬、何が何だかわからなかった。だが、宏海が自分の体の上で、制服の上着を
もどかしげに脱ぎ捨てるのを見た矢射子は、慌てふためいて身をよじった。

「ちょ、ちょっと待って阿久津…そんないきなり」

 矢射子は、うわずった声を上げた。宏海の顔の前に手をかざし、あごを胸にうずめ
るようにして身をかばう。だが、その手はすぐにつかみ下ろされた。

「マジ無理。物理的に無理。あんだけやっといて勝手なこと言うんじゃねえよ」

 宏海の腕が、矢射子の腰を強引に抱き寄せる。矢射子は女性の中では大柄な方だが、
宏海の逞しい体に組み敷かれると、その大きな胸でさえすっぽりと覆われてしまう。
矢射子の胸は、宏海の体に押しつぶされて、破裂しそうなくらいばくばくと波打っていた。

(こ、こんな、いきなりすぎるわ!あたしこんなこと…!)

 驚きのあまり体中が硬直して、息も自由にできない。体の上に染み渡る宏海の
体温は、制服越しでもわかるくらい熱い。宏海の足に膝をからみとられて、矢射子の
逃げ場はもうなかった。
 宏海の手がシャツの下から入り込み、脇腹を滑り、ブラジャーのホックをさっさと
外す。はじけるようにブラジャーが浮いたと思ったら、骨張った指がそこに張り付いた。
矢射子の背筋に冷たい電流が走り、びくりと皮膚がはねる。
 目を丸くして宏海の顔を見上げると、宏海は困ったような顔をした。

「おい、さっき触っても良いって言ったのはどこのどいつだ」
「こ、こ、こんな体勢で触られるなんて思ってなかったのよ」
「あのなあ…お前ちょっと考えなしすぎ」



 言いながらも、宏海の手はよどみなく動き、シャツの前ボタンを次々外していく。
こぼれた豊満な乳房に宏海の熱い息がかると、胸から体中溶けてしまうような心地
よいしびれを感じる。
 宏海の唇が矢射子の胸をねぶる。熱くぬれた舌が胸の先端に当たって、堅く長い
五本の指が背を這った時、矢射子は、今まで感じたことのないような感覚に息を
震わせた。

「あ、ねえ、阿久津ってもしかしてこういうの慣れて…あ…」
「……慣れてなんかねえよ」

 と、宏海の手がなんの前触れもなくスカートの中に入ってきて、矢射子は思わず
宏海の肩をつかみ、足をねじって抵抗した。片手に膝を抱え込まれて、すうと腰が
冷える。もう一方の片手でベルトを外すと、宏海は体を乗り出した。

「わっ、ちょっ、阿久津、待って」
「待たん」

 宏海の手が、矢射子の脚を割り、ももの内側をはい上がっていく。下着が引きずり
下ろされ、足から外される時、靴が片方部屋の隅に飛んだ。身じろぎしたら逆に、
宏海の指がその敏感な部分に触れてしまい、矢射子は恥ずかしさに顔を覆った。
 と、その様子に気づいた宏海が、矢射子の顔をのぞき込むようにして問いかける。

「おい、お前もしかして、初めてなのか?」

 矢射子は、真っ赤になりながら小さく頷いた。宏海が、深いため息をつく。

「ヤッたこともねえのに、彼氏でもねえ男挑発したりして、ほんと馬鹿だな」

 その言葉に、矢射子はびくんと体を震わせた。

「べ、別に彼氏じゃなくてもあんたならいいのよあたしは!たっ、ただ突然だった
から心の準備ができてなくて、驚いてるだけ!あんたが、色んな段階すっとば
していきなり押し倒してくるからいけないのよ!」
「なっ、色んな段階すっとばしていきなり乳押しつけてきたのはお前の方だろ!」
「うるさいわね!入れたいならさっさと入れなさいよべたべた触ってないで!
あんたは別に相手が誰だって一緒でしょ!男なんだから!」
「……」


 恥ずかしさと悔しさのあまり、思わず目の端に涙がにじむ。
 矢射子は宏海から上体をそむけ、冷たい床に頬をおしつけた。宏海の腕に囲まれた
中で、唇をかみしめる。

「おい、矢射子こっち向け」

 その言葉が聞こえたと同時に、大きな手のひらに頬を傾けられる。顔が前に向き
直され、宏海の鼻がうんと近くにあるのが見えたその時、矢射子の唇は、暖かい
ものでぴったりと覆われた。口の中がこげるように熱くなる。

「ん……っ」

 二つの手に顔を包まれながら、矢射子も宏海の首に腕を回した。

 宏海が、唇を離して言う。

「いきなり突っ込んだら痛くて死ぬっての。慣らしてやるから、その間に心の準備しろよ」
「な、慣らすって…きゃっ」

 宏海が、矢射子の膝の間に押し入り、露わになっているその部分に指を押し当てた。
ゆっくりと何かをなすりつけるような動きで触られると、自然に下半身がよじれ、
息が細かく切れ、口からは声が漏れた。歯を食いしばって声をこらえていると、宏海の
指に優しく唇を開かされる。

「あ……ぁ、あくつ…あたし…」
「力入れなくていい」
「…う、うん…」

 早くなっていく指の動きに、矢射子は完全に身を任せていた。体の真ん中にじりじりと
燃える芯があるみたいに、体がほてっていく。少しの痛みと、足の先から感覚が無くなって
いくような快感に、矢射子は床に爪を立て、足の先を反らせた。

「あぁっ、や……あ、阿久津…!!」
「我慢すんな、声出していいから」
「ん、く、あぁあっ!」

 頭の中が真っ白になって、矢射子は一際大きな声を上げた。




「ぁ、阿久津…いいから」
「ん?」

 声が小さすぎて、宏海に届かなかったらしい。矢射子は、宏海の首に手を回すと、
その顔をひきよせ、ささやいた。

「心の準備、できたから」
「…ああ」

 言われた宏海が、ごそごそとズボンの中から自分のものを出すのを見て、矢射子は
一瞬ひるんだ。

「そ、そんなもん入るわけ!?」
「そんなもんってなんだお前!」

 矢射子は、自分の脚の前でそそり立つそれに手を伸ばした。触れると、それは熱く
固く、こんなものが体の中に入るとは思えないような代物だった。

「わっ、なんか大きくなった!」
「触るからだよ!」

 と、宏海が、小さい箱の中から何かを取り出した。
 矢射子は、それを見て驚きの声を上げた。避妊具だ。こんなものを常備している
なんて、宏海はやっぱりこういうことに慣れているんだろうか?

「あ、あんたってば、避妊具なんかいつも持ち歩いてるの!?」
「ちげえ!……悠がくれたんだよ。なんでこんなもん渡してくるんだろうと思ったら、
こんなところで役にたつなんてな」

 ゴムをつけると、宏海は、矢射子の脚を曲げ、入り口に自分のものを当てた。

「あんま痛かったら言えよ」
「…うん」



 ぐっと押し込まれ、矢射子は固く目をつぶった。骨のきしむような痛みに、体の
内側がきりきりと痺れる。とんでもない圧力が腹の中から胸を押し上げて、一気に
苦しくなった。つかむものがないので宏海の腕を握り、衝撃に耐える。

「い、いた…」
「変な格好すんな、俺に爪立てていいから」

 宏海が、矢射子の手を自分の背に引き上げる。矢射子は、その胸にしがみつく
ようにして宏海の首筋に顔を埋め、広い背に思いっきり爪を立てた。ぎりぎりと
肌をひっかいたが、痛みにそれどころではなく、指が白くなるくらい力をこめる。
 入りきると、宏海は矢射子の膝をそうっと支え、一度だけ緩く突いた。

「ん、ぁっ!」
「痛いか?」
「少し……でも大丈夫…」

 少しずつ、矢射子の体を揺するように宏海は動いた。矢射子は、自分の息が段々
深く、甘くなっていくのを感じながら、目を閉じた。動きに体をまかせていると、
自分の体が、宏海と一つになるのを感じた。でかすぎて時に邪魔な胸は、今は
宏海との隙間をぴったりと埋める接着剤だった。

「あぁっ、ふっ、ん…!」
「……く…矢射子、もっと動いてもいいか…」
「いい、わ……っ、あ、あぁ…!」

 腰ががくがくと揺れる。熱い塊が体の中で燃え、その熱で指の先までとろけそうに
なりながら、矢射子は宏海の胸にすがった。宏海の腕に腰を抱き寄せられ、脳天まで
突き抜けるような衝撃が脚の間からほとばしる。
 力の入りきらない膝で宏海の腰を挟みこむと、矢射子は悲鳴のような声を上げた。
 
「ひっ、んあぁっ、阿久津、阿久津…!」
「う……くっ、矢射子、おれ……」

 宏海が、激痛に耐えるような表情で背を反らせる。同時に、矢射子もぎゅっと宏海の
背を抱きしめ、二人は同時に達した。



「あーあ、シャツが滅茶苦茶だ…」

 服や髪を整えている矢射子に背を向け、宏海は自分の着ていたシャツを窓に
すかして見ていた。シャツは、矢射子が散々爪を立てたせいでしわしわで、その上
ほんの少し血の滲んでいるところまである。

「お前に関わると、毎回何か壊れるな」
「なっ、何よ、あんたが爪立てていいって言ったんじゃない」

 宏海は、そのシャツを丸めて鞄の中に突っ込むと、少し前にエロガード・エロリップに
よって床に放り出された、新品のシャツを拾い上げた。軽くほこりをはらって、矢射子の
方にかかげる。

「まあ別にいいや、これくれるんだろ?」

 矢射子は、ポニーテールを直しながらふんっと顔を背けた。

「そうよ!そもそもそれを渡したかったのよ。それだけだったんだから。断じて
こんなことするために呼んだんじゃないんだから」
「で、これも貰ってっていいんだな?」

 宏海の言葉に顔を上げると、宏海は今度は、包装の崩れたケーキの箱を抱えて
立っていた。

「そ、それ…。う、うん、あげようと思ってたんだけど、でも上手く作れなかったし、
しかもひっくり返って、それクリームとか色々ごてごてしててマリオRPGのボス
みたになってるケーキっていうか、きっと…」
「…何言ってるかわかんねえけど、おれが食っていいんだよな?」
「……うん」


 シャツをさっと腕に通してボタンをはめ、床に放り出してあった制服の上着を
乱暴に羽織ると、宏海は、まだ床に座り込んでいる矢射子に向かって、言った。

「お前、まだ帰らねえのか?」
「かっ、帰るわよっ、あんたが帰った後で!」
「…一緒に帰ればいいじゃねえか」

 宏海の申し出に、矢射子は真っ赤になって立ち上がった。転がしていた木刀を
突き出し、宏海ののど元に押し当てて言う。

「あんたとくっついてたら、太臓ともくっつかなきゃいけないってことじゃない!
そんなのまっぴらごめんよ、死神付きの男と付き合うより嫌!」
「太臓は死神以下か…悪魔の王子なのに…」
「だから早く帰りなさいよっ、もうすっきりしたでしょ?」
「ああ」

 宏海は、生徒会室のドアノブに手をかけた。そこで矢射子を振り返り、言う。

「おい、太臓とおれができてるなんて記事、書くんじゃねえぞ」
「わかってるわよ、そんなこと…」
「…お前とできてるって書かれても、おれ否定はしねえけどな」

 矢射子がびくっとして振り返るのと、ドアが閉まるのは同時だった。








 ガチャン








 カチリ



 悠の指が、スイッチを押した。

「あーあー、結局全裸の女は見つからないし、エロリップと一緒にあいすに
凍らされるし、最悪だぜ…おい悠、何を録音してたんだ?」

 太臓が、みたらし団子を食べながら悠を振り仰ぐ。悠は、団子の最後の一個を
口で器用に串から外し、きっぱりと答えた。

「宏海の台所に録音機を仕掛けたんです」
「えっ、そんなところで何の音が取れるんだ?ハッ、もしかして宏海の父さん、
毎日裸エプロンの女を連れ込んで……そのやり取りを!?」
「ゴキブリの交尾の音が取れました」
「えええええー、パタリロ!?」

 と、その時、二人の歩いている道の先に、宏海の姿が見えた。

「あっ宏海だ!あいつ今までどこで何してたんだ!?」
「きっと腹を壊してトイレに閉じこもってたんでしょう」
「っぷー、じゃあ今はこの団子食えないな!よーし悠、もっと団子買ってこい!
うんと自慢してやる!」
「わかりました」
「おーい、宏海〜!」

 宏海の方へ駆けていく太臓の背と、遠くからでもはっきりとわかる程顔を
ひきつらせている宏海の姿を見送りながら、悠は録音機の中からテープを取り出し、
そのタイトル部分にこう記した。


『宏海メモリアル2006春』




(完)



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