宏海×矢射子:2007/03/21(水) 00:20:56 ID:istFVuZx



土曜日の午前。

休日なのに早朝から悠に呼び出され、頭の中でツッコミを繰り返しながら帰宅する宏海がいた。

…ったく悠のヤロー、また太臓が誤召喚したくらいで俺の反応見てえからって呼び出しやがって!
俺は驚き要員でも解説要員でもねえっつーの!
…でもこれで行かねえとアスタリスクゲートから召喚されそうだし、そうなったらまたオヤジが誤解しそうだしなぁ…
オヤジの件だけでもどうにかしてえから早く家出てーな…
…今帰ったらまた五月蝿そうだし、その辺ブラついてから帰るか…
それにしても矢射子と会う約束してねえ日で良かった…

矢射子と付き合い始めてしばらくたち、日常のふとした出来事にも、つい矢射子の事を考えてしまう宏海。
「赤い悪魔」と恐れられていた彼を知る人には、きっと信じられない変化だろう。
普段表立って感情には出さないが、矢射子の事は、確実に宏海の心の一部分を占めるようになっていた。




家とは反対方向の繁華街の方に向かって歩き、よく行くゲームセンターまであと少し、
というところで、目の前のビルから、パッと女の子が出て来て、前を歩いて行った。

「…矢射子?」
見覚えのあるミニスカートに、すらっと伸びた脚にはニーソックス、髪型はポニーテールで、
いつものピンクと緑のリボンが、歩く度にふわっと揺れている。
間違いない、矢射子だ。 すぐ先を歩いてるが、まだこちらには気付いていない。
「矢射…」
呼び止めようとして気が付いた。
今出てきたビルって……産婦人科だよな?!

『えええええ?! 産婦人科ぁ?!』
あまりの衝撃に、人ごみの中で大声でつっこんでしまうところだったが、
すんでのところで口には出さずに心の中でつっこんだ。


…それから後の事はよく覚えていない。
どこをどう歩いたのか、宏海は矢射子とよく行く公園のブランコに座っていた。




「ブランコのりたいのに、あのおにーちゃんが かわってくれないー!」
公園にはブランコで遊びたがっている子供がいた。
だが、目を見開いて脂汗をかき、両手で頭を抱えて黙りこくった赤い悪魔が乗るブランコに近付ける者はまずいない。
いつしか公園からは親子連れの姿は消えていた。

人気の無くなった公園で、宏海は堂々巡りの考えに陥っていた。

いや、まぁその、アレ付けてたけどヤる事ヤったら子供出来ても当たり前で…
気を付けてたけど、万が一って事も無い事は無い訳で…
つか、何で矢射子は俺に一言も相談無しで一人で産婦人科に…
俺がまだ高校生で経済力が無いせいか? それにしたって付き合ってんだし一言ぐらい…
俺が頼りねえと思われてんのか?!
まさか本当に―――
それなら、俺は…
いや、矢射子が何も言って来ねえって事は、何も無えって事なのかも…
それにしても…




堂々巡りも何順目か、答えの出ない問題に行き詰まり顔を上げた宏海は、公園のフェンスの向こうに数組の親子連れがいる事に気付が付いた。
母親は時々ちらちらとこちらを見ているような気もする。 中には、まだ小さい赤ちゃんを乗せたベビーカーを押している親もいる。
「…休みの日に親子で公園…か… ブランコ、占領して悪かったな……帰るか。」
宏海は、ブランコから立ち上がり公園の入口に向かった。 入口で親子連れとすれ違う。
子供の遊び場を占領して悪かったな、と何となく軽く会釈をした。
「おにーちゃーん! ブランコかわってくれてありがとー!!」
背後から、小さい子供にふいに明るく声をかけられて、重かった宏海の心はほんの少しだけ軽くなった。



「宏海!! どこ行ってたんだ! 父さん心配したぞ!!」
うるせぇオヤジ。
「お昼は宏海の好きなカレーだぞ! 福神漬けとラッキョウもあるぞ!!」
食欲ねーんだよ。
「沢山食べないと大きくなれないぞ!!」
これ以上どこか大きくなるならそれはメタボリックだ!!
いつもなら大声で言い返す宏海だが、流石に今日はさっきの衝撃が大き過ぎて何も言い返せない。
「お、今日はやけに素直だなー! いっつもそうだと父さん嬉しいんだがなー!
良い子にしてるとデザートも付けちゃうぞ!」
「………いや、メシいいわ。 俺、今から出かけっから。」
心の中で一々つっこむのも疲れるし、と、宏海は携帯と財布だけを持って家を後にした。
背後からオヤジが色々言うのもいつもの事だけど、今日は何だか酷く疲れる。
…1人で考えててもどうしようもねえし、本人に聞いてみるか…と、矢射子にメールを送った。




件名:昼メシ食ったか?
本文:今から会えるか? いつもの公園で待ってる。

直に返事が返って来た。

件名:食べたよ!v(≧▽≦)
本文:お昼はオムライス作ったよv 食べ過ぎたかも★ミ 宏海は何食べた?
もー、急に呼び出すの止めてよねv(≧▽≦)v 今から行くけど!


パチン、と携帯を閉じる宏海。
…いつも通りだな… あれは…見間違いか? 見間違いだよな…
宏海はまた考えながら、さっきまでいた公園に向かった。




公園には、さっきの親子連れどころか、もう誰もいなかった。 きっとみんな昼食に帰ったのだろう。
今度はブランコではなく木陰のベンチに座る宏海。 空は快晴で、風が吹く度に木漏れ日が揺れる。
気温は高めだが、風があるせいかそう暑くは感じない。
矢射子からのいつも通りのメールをまた読み返すと、少し余裕が戻って来た。
そうだよな。 何かあれば俺に一言ぐらい相談するよな。 付き合ってんだし…
宏海が安堵のため息を吐いた時に、

「――ごめん、待った?!」
と自分を呼ぶ声がした。 いつも通りの、矢射子の声…いつも通りの…

いや、違う!!

宏海は、ベンチから転げ落ちそうになるほど驚いた。
矢射子は、午前中に見かけたの女の子と、同じ服、同じミニスカート、同じニーソックスを履いている。
リボンももちろん同じだ。
じゃ、あれは…矢射子だったのか?!



一方、そんな宏海の様子を見て
んもぅ、私と会えたのがベンチから落ちそうになるほど嬉しいなんてvv
と、ニヤついている矢射子。
2人の考えには実界と間界ほどの開きがあるのだが、まだそれには気付いていない。

「…矢、矢射子…その…」
あまりの衝撃に口をぱくぱくとさせる宏海。
「あ、このブーツ? 欲しくてずっと買おうかどうしようか迷ってたんだけど、さっき買ったとこなのー!
ちょっとヒールあるけど、宏海は身長あるからこれぐらいあっても大丈夫だし… に、似合う…かなっ?」
8cm程のヒールのあるブーツを履いて、宏海の言葉を期待して はにかみながら笑い、くるくると回る矢射子。
「や、止めろ!! 矢射子!! 危ねえだろ!!」
「え? 大丈夫よ、これくらい…」
言いかけたところで、宏海は立ち上がって矢射子を抱き締めた。



えええー?! ちょっと何よ、宏海ったら真昼間っから…嬉しいけど!!
やーん宏海ったらブーツがツボなの〜?! これからデートの時はずっとブーツね!
矢射子の妄想は止まらない。
宏海は矢射子を抱き締めたまま、言葉をかける。
「大丈夫か? どこか具合悪いところはないか?」
「? 平気! あ、でも食べ過ぎちゃって、ちょっと気持ち悪いかも…」
「!! そんなカカトの高い靴でウロウロするな!」
「でもこれ、宏海に見せたくて…」
「…俺は高校生で今は経済力無えけど、でも何でも1人で背負い込もうとすんな!
いざとなったらガッコ辞めて働くくらいの覚悟はあるから!! とにかく危ねえからその靴は止めろ!!」
「……え? 何? え? …何の話??」
ここでやっと矢射子が、話が噛み合っていない事に気が付いた。
「何のって………今日、偶然、矢射子が産婦人科から出てくるトコ見ちまって… だから、その、、アレだろ? 俺と…」
「えええええ?! ちょ、ちょっと!! 何バカな事言ってんのよ!!」
「何がバカなんだよ!! 大事な事だろが!!」
「やっ、だから、違っ… あああああの、その、た、確かにお医者さんには行ったけど…」
「だから、医者行ったんだろ?!」
「…いや、その、あの………せ……生理痛がね、前から酷くてね、一度見て貰おうとずっと思ってて、それで今日やっと…」
「生理…痛? じゃ、妊娠じゃなくて…」
「もう!! 女の子には色々あるのよ!! 勝手に勘違いしといてこんな事言わせないでよ!!」



鈍い彼氏に言いたくない事を言わされたために、矢射子の目には涙が溜まっていた。
その後は、ブーツ姿を褒めて貰えるのかと思っていたのに、何を言わせるのよ!!という無言の抗議。


公園のベンチに座りなおす2人。 気まずくてお互い正面を向いたままだ。
矢射子はまだ目に涙を溜めて、黙ったまま静かに怒っている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…という怒りの効果音まで聞こえて来そうだ。

「…あー…、勝手に勘違いして、怒鳴って悪かったな…」
矢射子は表情を変えないまま、ハンカチで涙を拭いた。
「今日、これから、どっか行くか?」
う、全然機嫌直んねえ…
「…そのブーツ、似合ってるな。」
俺に見せたいって、言ってたよな確か。
頭の中で、どう言えば矢射子の機嫌が良くなるか、ぐるぐると考え、ぽつりぽつりと話しかける宏海。
「…ねぇ、さっきの、、」
お、ちょっと声が柔らかくなった。 と思ったら、質問が来た。


「……本気?」
「ん? 何がだ?」
「あの…『いざとなったら学校辞めて働く覚悟はある』って言ってたの…」
そんな言葉が自分の口から出てたのに驚いた。 無意識に出た本心ってヤツか?!
「ま、まぁ…な。」
チクショウ何確認してやがんだコイツ。 心なしか俺の耳が赤くなってるような気がする。
「……びっくりした。」
自分でもびっくりだ。
「…でも、嬉しかった。」
そう言って、ゆっくりと花が開くように笑う矢射子。 凄く可愛いな、コイツ。
「そ、そうか… まぁ、2人で生命に関わる事したんだから、な。」
矢射子は、赤くなって下を向いた。

そういやあの時の矢射子は、可愛くて柔らかくてエロくて良い匂いがして、
壊れそうだけど本当は強くて温かくて…

…俺しか知らない、矢射子。



何もまとっていない身体も、唇からこぼれる吐息も、繋いだ手も、細い肩も、流れる涙も、
俺が傷を付けたコトも、全部、俺だけの…

「ちょ、ちょっと!! 何勝手に思い出してんのよ!!」
「? いや、よく思い出してたって分かったな?」

矢射子の顔は益々赤くなる。
だって、あたしも思い出しちゃったから…なんて、言える訳が無い。

あの時の宏海の、間近で見た、鍛えられた身体と、体のあちこちで感じた唇と手の温かさと、
荒い息と、涙を拭いて頭を撫でてくれた手と、抱き締めてくれた腕と…

「もう!! 知らない!! エッチ!!」
自分の事は棚に上げて、宏海を非難する矢射子。
「それより…避妊には気を付けたつもりだったけど…これからはもっと気を付けるわ。
だから何かあったら言えよ。」
矢射子の耳元で囁く。
急に耳元で囁かれて、矢射子は一瞬両目を瞑って、ビクッと首を竦めた。
少し震えて涙目になってるのが妙にエロい。
そして、顔どころか手まで真っ赤にしている。 こういう時は大抵、暴走する一歩前だ。

478 名前:宏海×矢射子 12[sage] 投稿日:2007/05/15(火) 23:29:33 ID:HYjU0nPg
「そ、それならね、お医者さんがね、生理痛酷いならピルを飲んだら軽くなるケースもあるけど試してみる?
って言ってて…」
ピルに避妊効果があるのは俺でも知ってるけど、まさかこう来るか?!と思ったら矢射子は目を白黒させてるし。
コイツ絶対何も考えずに医者から聞いたままを喋ったな。
「……えらく…前向き…だな…」
矢射子の言葉に、こちらもつい、思った事がそのまま口をついて出た。
「え? いやあの、あの、そうじゃなくて。 いやそうなんだけど、あああああの…」
「いやまぁ、無理しねえでいいから。 とりあえず、嫌だったんじゃなくて良かった。
この前は痛いだけだったんじゃねえかと…」
全部言い終わる前に『ボカッ』と鈍い音がして、宏海の脇腹に矢射子のパンチがヒットした。

「〜〜〜〜ってぇ……」
女の子とは言え、討魔師としての力を持つ矢射子に殴られると、鍛えていてもそれなりに、
いや、かなり痛い。
「こ、こ、こ、公衆の面前で、何恥ずかしいコト言ってんのよ?!」
「…今は俺とお前しかいねーぞ、ここ。」
「〜〜〜〜バカッ!! と、とにかく、勝手に思い出さないでよっ!!」
「悪りぃ悪りぃ。」



笑いながら、顔に持って行った手の間から見ると、矢射子が涙目になって、
もうどうしようもなく焦っているのが良く分かった。 全く、コイツといると退屈しねーな。

それから、公園を見渡して、誰もいないのを確認して、
「矢射子。」
と声をかけて、キスをひとつ。

矢射子は、真っ赤になったまま、驚けばいいのか怒ればいいのか、
泣けばいいのか笑えばいいのか分からなくなったらしく、
その全部の表情をして、口を開けたまま固まってしまった。


…可哀相だから、今日はこれぐらいにしといてやるかw


<了>



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