あいす×悠:2007/03/02(金) 17:19:06 ID:SjsquIGd




「ごめんなさい、おばあちゃん… また…」
「いいんだよ、気にしちゃダメだよ、あいすちゃん?」

2月某日朝、佐渡家が凍った。
去年程の酷さでは無いものの、突発的な力の暴発で、寝室と廊下が見事に凍結。
家主である佐渡ケサが、氷の上を華麗に滑って転び、腰を打った。

「…… もう動けるよ、大丈夫。今日のごはんは何にしようかねえ」
「いいの!おばーちゃんは寝てて!私が全部やるから!………… お弁当、買ってくる」

スーパーからの帰り道、あいすは本気で落ち込んでいた。
軽い打ち身ではあったけれど、自分のミスで恩人に怪我をさせてしまった。
加えて、自分の料理の腕ではこんな時でも食事をまともに作れない。
気分は最悪だ。今日は早く帰って、存分に反省して、あとは静かに過ごす。
そう心に決めて、急ぎ家路についた―――――――― のに。

「あたしがあいすちゃんくらいの見た目の頃はねえ、そりゃもう男衆がわらわらと」
「えええばあちゃんが3P!?4P!?おげえええ」
「おやおや嫉妬しなくてもいいんだよ、太臓君?今では太臓君一筋なんだから」
「しねーよ!!」

「あんた何でいるのよ」
買い物から帰ってきたら、何故か間界の王子が居間で茶を啜っていた。

「おーあいす!大変だったな!」
「何でいるのよって聞いてるの」
「いやあー丁度一緒とAV選別会やっててさ!そしたら」
「もういいわ。帰って」
気の凹みは速攻で怒りに変わる。不機嫌は、一気に頂点に達した。

「おやおや、いいじゃないかあいすちゃん。折角お見舞いに来てくれたんだから」
「……… お見舞い?」
問答無用で太臓を氷漬けにしようと思っていたあいすは、ケサの声によって気勢を削がれる。
きょとん、とした表情で、大きな三角頭の少年に問いかけようとした。
「太臓、あんたがわざわざ一人で来――」

「はい、お待たせしました」
「あら、悠」
一瞬遅れて、後ろから予想通りの声がする。
そう、太臓のやかましい程に通る声と常に一緒にあるのは、この感情の読めない声だ。
あんたもとっとと帰りなさいと言おうと振り向いて―― 今度は予想外の見た目に、思わず固まる。
「悠。ちょっと何やってんの?」

およそ似つかわしくないようでいて、むしろ相当似合っている様な。
佐渡家の台所から、エプロン姿の少年がひょっこりと顔を出した。

「ああ。悠君がね、余ってた野菜でスープ作ってくれてたんだよ」
「……!」
「ありがたいねえ。…… うん、おいしいよ、あいすちゃんもお食べ」
にこにこと迎えるケサ、と太臓。
「お前等の見舞いだしな。後、これうちで作ったプリンが余ってたのでな、持って来た」
当の悠はと言えばいつもの無表情で、エプロンを外しながらちゃぶ台を覗き込み、なんの事はなしに料理を勧める。

「………」
「あいす。どうした?……… あ、王子!王子のはこちらの…………」
「おお、この大きいヤツだな!」
「はい、その大きいトウガラシ入りのヤツです」
「またかよ!食えねーよ!」
「何言ってるんですか、王子に仕える者としての愛情表現ですよ」
「マジで?この愛のカタチは受け入れにくいんだけど」

王子と従者のアホ漫才に乗りながら、とても楽しそうにケサが笑っている。
「では紋の愛の形はどう思いますか」
「もち!俺の嫁からの愛は全力で受け止めてみせる… えーと多分ね!」
「太臓君、あたしの愛も受け取っておくれ」
「ばーちゃん具合悪いんだろ!寝てた方がいいぜ!」

「添い寝ですか」
「ああん、いいねえソレ」
「無いよ!!!」
「なんだい、折角枕を用意したのに」
「俺は今日、一緒の部屋で華麗なるAVオールのご予定が入ってんのよ!」

おばあちゃんが元気になるから、賑やかなのはいい事なんだって、最近分かった。けど。
―― 今は、その大好きな人の口から出る一言一言が辛い。

「悠君は、ホントに優秀な子だねえ」

「………… っ」
中に入れない。

「… おや、あいすちゃん?」
「ちょっと……… 外に出てくる」
ぴしゃり、と音を立てて、ふすまが閉まった。

「…未熟だわ」
ぐ、と奥歯を噛み締める。中途半端な、思い通りにならない体が恨めしい。
太臓達が帰った後。あいすは、歯がゆい思いを消化しきれず、居間で固まった様に正座していた。
湯を湧かす銀色のやかんがシューシューと音を立てている。
「私が早く成体になれば、少なくとも暴走はしないし… おばーちゃんにも迷惑かけずに済むのに」
「………」
(ホント、駄目ね。料理だって、…… 能力だけなら本当は、間界領事としての腕だって、きっと悠の方が)
「あのね、あいすちゃん」
「っ!?おばーちゃ…」

物思いに耽っていて気づかなかったらしい。ばっ、と振り向くと、ふすま向こうにケサが立っていた。
「愚痴ならいっぱいこぼしておくれ。あたしはね、あいすちゃんがいるだけで幸せなんだから、いいんだよ」
「! ……でも!」
「あいすちゃんは真面目だからね。太臓君くらい、明るーく考えてなさい」
「いや、あれは…… ないわよ」
「そうかい?あたしは、まんざら、太臓君の言ってる事もやってる事も悪くないと思うけどねえ」
「…… なんで、アレを見てそう思うの?」
「あいすちゃんだって知ってるだろう? いい男、いい女、世界のどこをを見たって、ね」

先程悠に貸していたフリルのエプロンを右手でひらひらと振りながら、おどけた口調で、ケサは続けた。
「英雄色を好む。大物な人間は皆揃って好色なもんだよ、ほっほ」

「―――――― で、一応先に聞いておくが」
「ええ」
「お前はあいすに変身した翠、などではないんだな?」
「あんたの眼力なら分かるでしょ。何言ってるの」

「ほう、ついにトチ狂ったか。お気の毒に」
「なんでもいいわよ…… 協力してもらえないかしら」

軽口に揺さぶられてぷるぷると震え、怒りと羞恥を抑えつつ、
冷気を纏った少女が少年の両袖を掴んでいる。
互いの膝がつきそうな程の超至近距離密着、向かい合った時に感じる身長差はほぼゼロ。
あいすが顔を背けていなければ、鼻先が確実に触れる。
今日昼間見た限りでも確かに不審な様子を見せていたのだが、これこそ、何がどうしてそうなった。
悠は本人の代わりにとばかりに目が合いまくる、雪だるまの髪飾りに向かって問うた。
窓についた結露がいつのまにか消えていた。
エアコンの効いた心地よい温度の筈の部屋が、冷たい。

「だって今日、おばあちゃんが… っ!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「そう、太臓君にあってあいすちゃんにないのも、それだ。…… え、別に必要無いって?
いやいや、男には女が、女には男が必要なんだよ。いい大人の女っていうのは男を知ってこそだ。
…… あいすちゃんは、そしたら、ひょっとしたら、ないすばでーな成体になるかもしれないねぇ。
うんうん、あたしはね、楽しみにしてるよ。…… それまでは、生きなきゃね」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「そう…………… 言うから」
憮然とした表情はそのままながら、柄にもなく頬を染め、
目線は背けたままに小さく俯くあいすに内心驚愕した。
「…… 鵜呑みにしたわけか?」
「いえ、それだけじゃない… けど」
違う、ケサの言葉を拡大解釈し過ぎだ。お前は真白木でも矢射子でもあるまいに。
あの老婆は、己の男好きはさておき、この少女の幸せをこの世の誰よりも願っているのだから。
まあ、あいすの言葉から推測するに、理由には多分まだ裏があるのだろうが、それにしても――――
冷静さ、判断力、共にゼロ。普通ならまず、考えない選択だ。

最強の間界領事が、ばあさんが絡むだけでこうも容易く、面白く動く様になったか。
出会った頃には想像もつかない展開なのであり、ここは
いい観察対象が増えたと盛大に喜びつつ、色々とからかって遊びたい所―― なの、だが。

「暖房の設定を強に直しに行ってくれるなら考えてやらんでもない」
いかんせん、最高に寒い、そして眠い。蛇の化身たる故、本来ならば冬眠の季節で、
本能には逆らえずどうしても動きが緩慢になる。

「その間に逃げるでしょ。…っていうかあんたが腕を伸ばせばいい話よ」
「こうまで寒いと何もする気が起きんのだが」
「でしょうね」
逆に目の前の少女は雪と氷から生まれたと言ってもいい種族。正に活動期だ。
ひゅ、と小動物の様な軽い動作で、さしたる抵抗もなく床へ落ちる少年の上に跨がった。
膝下を外側に向けた女の子座りのまま、ぐいと腰を押し付ける様に体重を前にかける。
手を後ろについて上半身を支え、図らずも座った格好になっていた悠が、
ほんのすこしだけ、驚いた気配を見せた。
「おい、あいす」
「いいから。面倒ならあんたは黙ってるだけでいいわ」
ぎり、と一層強く掴まれた服の袖がしわになる。

―― 寒さを嫌う己の体に氷の微笑女が密着しているのにはどうにもやりづらさを感じるが、
女子特有の柔らかい感触が手足にあるというのも、特に悪い気がするわけでなし。
女がどうこうをさしおいても、この雪人が何をするのか、どう変わっていくのかについては
非常に興味がある所。悠は流れに任せるがままにして、しばし、見守る事を決めた。

と、不意に、首筋に氷を当てられた様な感覚が走った。
「冷っ…」
「あら、どうしたのかしら?」
あいすはくすくすと楽しそうに笑うと、まさしく通り名に相応しい、氷の様な微笑を向けた。
多分、比喩ではなく本当に、氷そのものを当てられた様な気がする。
「不随意の運動だ」
「ああそう?」
―― 観察を決め込んだ所で何だが、あいすの見下す様な視線が最高にカンに触る。
これは後で三倍にして仕返しするか、とぼんやりと思った。

白い手がゆっくりと身体の線を辿る。性感を目的とするというよりは、確かめる様な。
直裁な愛撫のない、暖かみのある快楽を与える気を感じられない指の滑りだ。
「俺を殺す気か」
冷気だけが撫で付けられて、心拍数と血圧は上がる一方、逆に体温は下がっていく気すらする。
局部を完全にスルーしてるあたり、二割位は躊躇いの様だが、後の八割は只のこいつの嗜好と見た。

「寒いのは苦手だと言ってるんだが」
「そうね。でも氷で撫でるとー」
「……… っ」
びく、と微かに、ほんの微かに震える悠を、楽しそうに眺めるあいす。
「ほら、そうなるからいいのかと思って」
奇麗なアイスブルーの瞳の中に宿るのは、嗜虐の快感に酔う、生き生きとした光だ。
ぞわりとする感覚が背中まで伝ってゆく。思わず竦めた首を無駄にびよんと伸ばして元に戻すと、
「残念ながら、その眼を向けられて喜ぶのは俺じゃないな」
多少憮然とした思いを努めて表情に出さず、明後日の方向を目で指図した。
「他に当てがあるだろう」

「キモいゴリラみたいなのは却下」
目を遣った方向に映像が映し出された途端、いつものあいすの表情に戻る。
悠の見遣る先漫画のコマの左上、点描トーンの中で半裸でカッコ付けている真白木は
その眼光によって一秒と経たずに霧散した。

「じゃあ、おう…」
「あいつには無理でしょ」
「うむ、それもそうだ。小さすぎる」
『えええー!?酷くない!?ダイレクトアタック酷くない!?そもそも食いつく所おかしくない!?』
次いで点描の中でカッコつけていたのに流された太臓が、涙ながらの二段ツッコミをしながら塵と化した。

「じゃあ、こっち」
「…… 頼めと?」
「俺よりは脅しー 違った、頼み易いと思うんだが」
「………」
悠の左背後に映っているのは、赤い髪をした屈強そうな実界の青年、やはり半裸。

「…… 翠と違って矢射子先輩、まだ宏海に気持ちが伝わってもいないじゃない。触らぬ討魔師に祟りなしよ」
「ほう、成程な。その辺りで線引きをした訳か」
悠の口角がわずかに上がった。相変わらずやる気無く手足を投げ出したままだが、得心したように頷いている。
―― 咄嗟、「嘘だ」とあいすは思う。あの目は納得などしていない、獲物を前にして何か仕掛ける気満々の蛇の眼だ。
不穏なオーラを感じて、内心ひるんだけれど、顔に出すのも癪で、逆に睨みつけ、次の言葉を待った。

「それは賢明な判断だな。人間の恋愛関係においては、見守りつつ決して首を突っ込みすぎず」
「…… それに加えて、あんたは冷静に引っ掻き回すのね」
「さすがだ、分かっているな。リスクの無い立場で楽しむというのはいいものだ」
表情の読みにくい瞳に、愉悦が混じった。


「だから―― 本来ならば、傍観者が一番面白いんだがな」
「!?」

(続く)




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