木嶋×吉下
2006/07/30(日) 22:18:58 ID:hFusgeIv





「お寺よね、ここ」
「…… それが?」

「色んな意味で、」
一呼吸置いて、ぎっと見据えながら言い切る。

「日辺野さんが泣くわ」
「困ったな。女性を泣かせる趣味は無いんだが」
「そうよね。フェミニストの貴方がまさかね」
「あと、確か日辺野は寺じゃなくて神社だぞ」
「…… そういえば、そうね」
(木嶋君に真顔でツッコミ入れられるなんてね……)

じりじりと迫る危機に、さすがに動揺を隠せない。
乱されかけた合わせ目をぐいと引き上げ直しながら、吉下はひとまず、
目の前の何かおかしくなった眼鏡ヤローをどうにか諌めようと躍起になっていた


しかし、状況打破の為の策を考えてみるものの、出てくる案はろくでもないもの

ばかりなのだ。

吉下の脳内に、赤マントを羽織った顎長の男が、鼻息荒く登場する。
(――― そこのお前ーーッ!寺の境内で木嶋に突っ込まれるだとォーー!?け

しからん!まことにけしからん!―――)

「……」
うわあ。自分で思い浮かべておいてなんだけど…… すごく、鬱。
きっと今も「生徒の見回り」と称して暴れているであろう、ウチの名物教師の姿

が鮮明に浮かんで、頭が痛くなった。
でもこの際、もう色番先生でも何でもいいから乱入して来ないかしら。
普段なら絶対思いつかない事を願ってみるけれど、きっと、こういう時に限って来

ないのだろう。

吉下の心情も分かっているだろうに、この状況下において尚、木嶋は普通に話

を振ってくる。
「百手はうまくやってるかな」
「……… さあ……… 太臓君達と団体行動してたから、阿久津君と二人って事

は無さそうだけど」
「へえ、こっちの方が数段都合がいいな」
「何を……… 私も無理やりついていけば良かったわ」
一応会話は成り立つものの、どこかタガが外れている感がある。…… もしや、

酒が入っているのか。

「やっ…… なっ!ちょっと…… っ……!」
先程やっとの思いで引き剥がしたというのに、再び伸びてきた手に捕まってしま

って、時間稼ぎも無駄に終わる。
慣れない浴衣で思うように動かない身体は、上背があるのをいい事にのしかか

ってくる木嶋にあっさりと競り負けた。

「……!」
眉根を寄せつつ、組敷かれた状態から幼馴染みを見上げてみると、怖い事に、

彼は薄く笑みすら浮かべて自分を見下ろしていた。
女の子相手に振りまくキザったらしい微笑みでも、打倒太臓君を画策するときの

悪い笑いでもない、
強いて言うなら、自己陶酔の微笑。――― 顔がいいから何とかサマになってる

けど、人に向けるもんじゃないでしょ、その表情は。
「…… お酒に酔って自分にも酔って、一体何やってるのよあなたは」
一瞬状況を忘れ、思わず呆れて呟いてしまったのだが。


「何か言ったか?……… っはははは!」
(うわああ怖!怖ーー!何で笑うの!?何も面白い事無いわよーー!?」
――― 酔ってる、これは予想以上にひどい。
自分のあまりの分の悪さに半泣きになりそうな所を、それでもぐっと堪え、身体

を引き摺るようにして脱出を試みた。
けれど、すぐに腰を押さえられて身動きが取れなくなった。直したばかりの襟元

も、無遠慮に手を入れられて再びはだけてゆく。
「……!木嶋君、やめて、やめてってば!」
「あ?どれを」
「全部!何もかもよ!…… っは、…………… んっ!」
裾がめくれて露になった脚に、つうと長い指が這う。
制止の声には一切耳を傾けない青年に、思うままに撫で回され、唇を押し当て

られる。
腿の付け根辺りを焦らすようになぞられて、思わず身体が跳ねた。

「…… 痛いっ!木嶋君、畳痛い!擦れたから!」
力づくではもうどうしようもないので、ひとまずケガをした事をアピールしてみる。
実際倒れた時に、右腕が多少擦り剥けたのだ。うっすら血が滲む小さな傷を、こ

れみよがしに目の前にかざす。
――― その途端、木嶋が動きを止めた。それまでどこか締まりの無かった表情

も、一変して真摯なものになる。
「……」
そこに気遣いと躊躇い、両方の感情が見て取れて、吉下はほっと安堵した。
基本的にフェミニストを気取る彼は、自分のせいで女が傷ついたり、ケガをする

様な事態は避けるだろうと踏んだのだ。
その予想通り、自分を拘束していた腕の力が緩み、木嶋がうろたえながら口を

開く。

「あっ……!いや……… えーと………………… す、すまん!」
「うん……… まあ……… どいてもらえれば…… それでいいの」
「痛かったよな!?…… 悪かった」
「うん、とりあえずいいから、退けて」
ああ、いつもの木嶋君だ。心の底から安心した途端、どっと疲れがやってくる。
…… でも、良かったこれで終わりだわ、この未成年飲酒の幼馴染みには夜店

で烏龍茶でも飲ませて、もう帰っ
「そうだな…… 済まない」

「?………… うあっ!?」
表情こそ変わったものの、一向に動く気配のない青年に再び不安を感じた瞬間

、身体が少し浮いた。
腰と背中に手が回り、一段としっかり抱きすくめられる。不意打ちとも言える行

為に慌て、思わずぞくりと鳥肌が立った。
「え?……… え、済まない、じゃなくて…… あ………… の………」
「その、ケガさせるつもりは無いぞ!…… 今から…… 気をつける」
「はっ!?いや、ちょっと!?」
(――― 論点が違ーう!!……… 拾うのはそこじゃないでしょーーー!!)

至って真面目な声音に乗せて、何か違う決意表明をされた。声にならない叫び

の代わりに、彼の両肩を押して全力で引き離す。
そして、あやまるくらいなら降りてよ、そう言おうと口を開きかけたけれど。
「…… 怪我をさせるつもりは無い。気をつける。…… だから」


「大人しくしててくれ。………… 誰にも言うなよ、吉下…… すまん!」
異常なまでに真剣な目つきに気圧されて、抗議の声は、ごく小さな引きの悲鳴

と共に飲み込まれた。




終わり





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