乾×一口(後日談)
2006/07/14(水) 13:19:31 ID:/Q9XYUco



「わあああん一口ィーーーーー!!」
「ええッ!?」

(――― な、何が起こったのーーーーー!?…… でも幸せ…あああ愛してますお姉様ッ!!)
頬にあたる柔らかな胸の感触に、体中の血が沸騰したかの様な痺れと、同時に頭に異常な熱さを感じる。
ある日突然、恋焦がれてやまない人物に抱きつかれて、一口はかつてない程に舞い上がっていた。

「うう… 男なんてみんなケダモノよ…」
そう呟いて、ぐいぐいと頭を押し付けてくる矢射子先輩。
普段の凛々しい姿とは全く違う頼りなげな様子で、自分なんかに縋る様に泣きついて。
悲しげに濡れた瞳に、若干上がっている呼気。匂い立つ色気に当てられて、頭がぐらぐらと揺れる。
思考能力を完全に失った一口は、うなずき人形の如く、只こくこくと首を縦に振る事しか出来なくなっていた。

「うんうんそうですよ!ケダモノです!ビーストです!」
全身全霊を込めて、彼女への同意を表明する。
――――― その通り!やっぱりお姉様は、私と姉妹の関係になるべきなんだわ!!
そう思ったから。だから、先輩が異性ではなく、同性に目を向けてくれる様に、思い切り言いきった。
「男なんてつっこむ事しか考えてない生き物ですから!!」

ところが、だ。更にテンションを上げてまくしたてているうちに、
当の矢射子は、はっ!と何かに気付いたかの様な素振りを見せると、
最早一口には目もくれず、大股で足早にその場を去ってしまったのだった。

「え?…… あん、待って下さいお姉様あー!今日こそスールの契りを…!」
ダッシュで後を追おうとして、はた、とその足が止まる。
… 何か、今、心の中の何かにひっかかったよ?

「あれ、一口?」
立ち止まり、心に去来した何かについて考えあぐねていると、ふいに、目の前に影が差した。
無造作な跳ね髪を一つにくくって話しかけてきたのは、見慣れたクラスメイト、乾一。

「何してんだ?…… あっ!また先輩を追いかける気か!?あのな、邪魔になるからやめろってあれほど…!」
急にはち合わせて意外そうな顔をした後、すぐ。彼はつっ立っている一口に向かって、一方的に噛み付いた。

「っな………!」
事実とはいえ、会った瞬間に難クセをつけるのはどうなの。
(なによー!またはこっちの台詞だよ!乾君こそ毎回あたしの邪魔して…!)
むっとして、こちらからも何か言い返そうとしたその時、

「……… あああーーーっ!!」
唐突に、進路指導室での出来事がフラッシュバックした。

――― あれ以来、お互い、その話題に触れる事は無かった。
今となってはあまりに恥ずかしい話で、現実感の薄い出来事で、
あの一件は、出来るものなら無かった事にしたかったのだけど。

「……」

「 一口?」
「……!」
はっ、と顔を上げれば、虚を突かれたのか、きょとんとした乾の表情。
客観的に見れば可愛い系の、少年アイドルみたいな同級生だ。
中身も容姿とあんまり違わない、真っすぐで正直者の、いい人なんだろー、けど。
……… だからって、あたしは。

”――――― 男なんて、つっこむ事しか考えてない生き物ですから!!―――――”

えーと。
もしかしてあたしあの時、とんでもない事、したんじゃ?

「……?おい、どうし………」
「きゃああああ!何してんのあたし!信じらんないーーー!!!」
「わ!?…… ど、どーしたんだよいきなり……!」
「やーーっ!触んないでよケダモノ!バカ!男なんて皆一緒よぉーーー!!」

みるみる表情の変わっていくクラスメイトの様子に不安を覚えた乾が、腰を屈めて覗き込もうとした瞬間。
一口は何かが切れた様に、悲鳴を上げた。
顔を真っ赤にして、潤んだ目を向けて、伸ばされた手をぺちん、と払いのける。
そんな一口の様子に反応して、乾の表情もさっと一変した。

「…… っうわーーーー!おま…ぇッ、そんなワケないだろバカ!今更何なんだよ!!」
「あーーーーまだ何の事か言ってないのに赤くなったあ!やっぱり乾君もビーストウォーズ的な!
 もうちょっとで思わずトランスフォームしそうな感じだったんじゃないの!?」
「な、な何の事かわかんねーよ!やめろ!大声出すなッ!!」

全力で否定しつつ――― 正直、半分くらい真意を突かれていた乾はとんでもなくうろたえる。
何とか黙らせようとするも、舌が回らない。
「お………、………… お、おまえこそ………!」
(後で文句言わないって言ってたのに!何であん時に言わないんだよ、ありえないのは一口だろーー!?)

自分は間違ってないと思うものの、ここで争うのも明らかに不利。
言いたい事をぐっと押さえ込んで、どう動くかを考える。
――――― ひとまず、場所を変えるか、一旦逃げるか…………

しかし、乾の状況判断は徒労に終わる。
「まあ、乾君はけだものっていうかただの犬っぽいけどね、うん、
 普段はあんま男だと思ってないし関係無いからいいや」

 大声で喚いてすっきりしたのか、目の前の相手はすぐに静かになった。
ヒステリックに叫んだかと思えば、次の瞬間には一転して冷静に物を述べたりする。
全くもって、女の子という生き物は分からない。一口も例外ではなかったようで、
けろっとした表情で、今度は半ば独り言の様な呟きを漏らした。

「…………………… あれ?もしかしてオレ、今ひどい事言われた?」
「気のせいだよ?」
「そ… そうか…?それならいーけど……………… ったく…… もー、オレ戻るからな!じゃあな!」
どっと疲れを感じた乾は、足早に一口の元を去った。
補習の件でもなんとなく知れている事実だが、悲しい事に、乾は、あまり鋭い頭の持ち主ではなかった。


「…… んー」
むくれながら場を離れた乾を見送りながら、一口は改めて思い返していた。
(あの時はすぐフツーに戻ったけど。乾君、あたしが何か言えばすぐやめてたけど)
(やっぱこう、アレやソレな考えとかあったわけー?…あれ、なんか自意識過剰ぽくてヤダなあ)
彼女は眉を寄せて考え込んで――――― そして、ぽん、と手を叩き、結論づけた。

「いや、乾君の事だからあんまりもの考えてないよね。お姉様しかキョーミないだろうし」
悲しい事に、一口も、あまり鋭い頭の持ち主ではなかった。

しかし、記憶の掘り返しは更に続く。
(……… っていうかなあ、そーいえばあたしもあの時変な声とか出てたし……………………んっ!?
 ……は、はわわわ…………!!ち、違うよ、ちょっとびっくりしただけだもん!それだけ!それだけ!!)
歩きながら今度はうっかり自分の行動を省みてしまい、落ち着きを取り戻そうとしていた脳がまた危うくなる。
ぐるぐると目が回る。違うもん、違うもん、あたしそんなんじゃない…………!

「ううっ………… あーもー、考えるのやーめた!」
あまりに頭が熱いので、一口は結局、思考をぽいっと丸ごと投げ捨てたのだった。



――― ちなみにこの10分程後に、百手矢射子が文字通り、全校生徒を巻き込んでの大暴れを強行するのだが。
外に出るな!元会長に近づくな!の警告を丸無視した懲りない矢射子親衛隊達は、
『心も、身体も、一つになりたい…』とか何とか言いながら、
取り憑かれた様に、ふらふらと校庭へ出て行った。



変わらない日常、ライバルの様な仲間の様な。二人は今日も、一途に想い人を追いかけている。




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