乾×一口(後編)
2006/06/28(水) 20:52:04 ID:++p4nCU+



「ん?後ろ?」
「そう」

机の前に佇む一口の更に後ろに回り込み、ぎこちなく、Yシャツの裾に手を伸ばした。
たくし上げさせておくのはいくら何でも、と慌てて押しとどめたのだけれど、
服の中に手を突っ込むと言う状況は何か、かえっていやらしい気もする。
(いや、どっちにしたって異常だ、これ)

さっき一口が中のキャミソールまで一緒に巻き上げた事についてはもう、敢えて聞くまい。
というか、聞けない。直に触れなんて、何考えてんだ。

もういい。悩む事は苦手だから。
両脇の下から腕を回すと、肘を曲げた一口は軽く両腕を上げ、小さな肩をきゅ、とすくめた。
(…会長!不甲斐ないオレに………… 罰を!!!)
震えながら乾は手を中へと差し入れ、目的の場所に辿り着くと、恐る恐る、指で触れた。

――――― う、わっ…!

確かにささやかではあるけれど、その、無いわけじゃ、無い。
鍛え上げた固い自分のそれとは全く違う、頼りなくも柔らかい質感。
(げ…… 油断、してた……!じゅーぶん感触が、……… うわ、やば……)
――――― 一口は全く意に介さないのかもしれないが、自分は一応、異性が好きなわけで。
後ろに回ってて良かった、と思う。おそらく今自分は、目をぐるぐるさせて、
冷や汗だらだら流して、絵的にとても情けない状態にあるだろうから。

こわごわと撫でる様に指を動かす。が、不意に掠めた先端の感触にまた、血が逆流するような感覚に陥る。
――――― こっちを向かれませんように……!!
思いっきり横を向いて、顔を背けて、ともすれば乱れそうな呼吸を悟られないように。

しかし唯一助かった、というかそれはどうよ、と思った事と言えば―――――

「い、いいのか、こんな…で」
「うん…?…っは、なんか… くすぐったい」

「笑ってんなよ……」
「あはは、だってさー」

この、近所の犬にじゃれつかれて頬を舐められてます。みたいな、
どうしようもなく気の抜けた一口の反応。これじゃこっちが一人で変態みたいじゃないか。
有り得ねえ、心からそう思いながら、ちょっとヤケになって掌で撫で回してみた。
ふに、と吸い付く肌を存分に堪能するように。

「ふぇ… あ、待って?ちょっと待って!」
突然慌て出した一口に、驚いた乾は光の早さで手を引き抜いた。新たな冷や汗がどっと出る。
やばい、やり過ぎたかもしれないオレ。
「……… え、あ、何、」

「んーなんかちょっと… 変な感じだった… けど、ん、もう何でもない、うん」
――――― 変な感じっていやいやいやそれ、えっと…

「もっと強くていいよ、弱いと余計くすぐったいから」


やっぱ有り得ねー。ドキ高って絶対、普通の奴居ないんだ。




強く、とは言われたけれど、乾だってちょっとは、自分の握力の強さを自覚している。
加減が分からなくて、結局自分が気持ちいいと感じる強さで触っているのがまたなんとも。
下手に力を加えれば、身体ごと潰れて壊れてしまいそうだと思った。

いっそ開き直って机に押し付けて思いっきり抱きしめてみたら、むちゃくちゃ気持ちいいんじゃないの。
そんな思いを必死で振り払う。はたから見れば、どう見ても身体を許されている状況なのに、絶対に手を出してはいけない。
自分の精神状態を知られてはいけない。道徳とか、正義とか、そんなものとは真逆の。

拷問の様なこの事態に―――― まあ、拷問みたいな事態、そんなに嫌いじゃ無いんだよな、これがまた。
辛い状況は却って快感に変わる。それがまた焦る。更に辛くなって、またぞくぞくとする。
反応が反応を呼ぶ増幅ループ。心の一人SMをしながら、乾はまた一つ、ゆっくりと息を吐いた。

いつの間にか、一口は背中を軽く曲げ、両手を机に置いて俯いていた。
息を詰めている様にも見える。全然喋らなくなって、只、じっとしているだけ。
自分に余裕の無かった乾は、変化に気付かなかった。
触れている胸から伝わる彼女の脈が異常に早い事も、細い腕がぎっと不自然に力んでいる事も。

緊張で濡れた手はじっとりと白い肌にへばりついて、いきおい動きは強く揉み込むようになる。
一旦掌を離して、軽く押し潰すように乗せ直すと、固く立った突起がつい、と存在を主張して迎え入れた。
――――― なんかもう、ダメかもしれない。
何がダメなのかも自分で分からない程に、憔悴していた。

「いぬいくん、」
そして、一口は。
「… はっ………… はは……… なんか、んぅ……… あついね………」
無言になってから数分後、ちょっとだけ首を動かして、再び笑いながら話しかけてきたのだけれど。

最初の頃の無邪気さとは全く違う、吐息の混じった艶かしい声音に、本気で鳥肌が立った。
色気無いから、と自虐ネタを言っていた、あのお子様全開の一口はどこへ行ったんだろう。
薄い肩も、ちらちらと見える細い首筋も、今や庇護欲とは別の何かをそそるもので。
ミルクの様な甘ったるい匂いに当てられて、ぼんやりと霞がかかってくる。

最初にあれだけ断っていたというのに、今や自主的に手をしっかりと絡み付かせてしまっている己が情けなかった。

――― そして、ずるずると引き延ばされた責め苦は、ついに終焉へ。

「っあぅ…んんっ…!」
確実に、ごまかせないほどにびくりと震えて、一口が身を捻った。
(え、ちょっ………うわあああ!!ちょっと、これ以上はヤバい、無理、オレ……
 ゴメン、一口っ!!)


「あ… ご、ごめん!もういいや、こんな変な… 頼んでゴメンね、あ、ありがとう!」
ばっ、と乾の両手を引き下ろし、身を翻して離れた一口。いつもの明るい表情を浮かべているからこそ目立つ、
不自然に上気した頬と高過ぎる芝居がかった声。

しかし乾もそれは同じだった。思いっきり顔を向けられて、今度こそ取り繕う暇が無い。
固まったまま、惚けた様な困った笑顔の様な、何とも微妙過ぎる顔を晒す事になった。

乾の態度が予想外だったのか、驚いた一口。お互いの表情を認めて――――――


パイプ椅子が倒れる音が、合図になった。




「うわ、一口!椅子倒すなよ!」
「あっつーい!窓開けよ窓!」
「あ!あーーーそう言えば喉乾いたなーーオレ!」
「水道行けば!」

どちらからともなく、元気に叫びながらガタガタと動き出す。
間が持たなくなった二人の、つたない照れ隠し。

お互いに分かってるけど聞かない、もう今の無し、今の無し!!
そう、何もしなかったし、何も無かった!!
いつもの二人になら絶対に作り得なかった濃密な空気、それを全て吹き飛ばすように、
大げさなリアクションと、大きな声で場の雰囲気を変えていく。
手の汗で濡れていた机の一部もごしごしと拭き取って、無駄に参考書達の四隅を揃え直したりして。

「出来れば生水よりペットボトル!」
「言えてる!はい窓開けた!涼しい!」
「おう!……じゃ、オレ、こ、購買行って来るから!」

ポケットの小銭をろくに確かめもせず、パーテーションの外側へと脱出しようとして――――
ふと振り返った乾は、窓の外を見ながら手でぱたぱたと自分を仰いでいる一口の姿を見て、
咄嗟に声をかけた。

「一口さ!」
「はーいっ!何!」

「… その、大きさとかあんま関係ないと思う」
「……?」

「自分で色気無いって言ってたけどさ、あの、」



「だから、…… やっぱお前には会長みたいな胸は無ー理!諦めるんだな!」
「!… むー!無理って言う事ないでしょー!?」
いたずらっぽい笑みを浮かべて言い放つ乾。からかいを含んだ台詞に、ぶー!と拗ねた一口が、
窓枠から手を離し、乾の近くへ一歩踏み出そうとした――― その時。


「太臓オオオオオ!!あんたさえいなければああああーーーーー!!!」
棟全体を揺らす程の、強烈な怒号が響いた。




聞き慣れた声に、二人は弾かれた様になる。
我先にと廊下へ飛び出して、声のする方へと顔を向けた。

「やべえ!バレちまったじゃねーか悠!どうすんだよ!」
「ふむ、やはりタイミングが悪かった様ですね。
 今日の更衣室探索、及び特殊カメラ設置イベントは延期にしましょう」
「もーー許さんこのクサれ外道共ーーー!!三人まとめて粛正じゃコラァーーー!!!」
「俺は一ミリたりとも関係ねえええええええええ!!悠!お前ワザと見つかったろ!!」

「あいつら、居ないと思ったらあんな所に………!」

補習授業の合間、いつの間にか姿を消していたクラスメイトの三人が、
自分達の憧れの人物― 百手矢射子に、怒濤の勢いで追いかけ回されていた。

「うっ……… うるさいわね阿久津!!太臓とつるむ奴はみんな一緒なんだから!!
 どうせあんたも、女子のっ…… き、着替えとか覗こうとしてたんでしょ!スケベ!」
「お前は俺をどういう目で見てんだっ!第一、一回あんな合体」
「な!どういう目って…… その…… ってきゃああああ合体とか学校で言うんじゃないわよ!
 っていうかやっぱりあたしのっ、見たのねーーーーーーッ!覚悟しなさい!」

「うるさいぞお前ら!!学校で盗撮だけならまだしも、合体とは何事だ!!
 何を見たんだ!風紀を乱す奴は許さん、この色番に出来る限り具体的に、詳細を聞かせろ!!」
「いや盗撮もダメだろ」
「先生、ヒントはトロピカルフルーツとかけましてきびだんごと解きます」
「悠お前も適当こいてんじゃねーーー!」

「出たなエロ教師!!めんどくせーからとっととズラかるぞ、悠!宏海!」
「はっ!」
「もう…… 俺、嫌だ………」
「こンの………… っ、どいつもこいつもオオオオーーーーーーーーー!!!」


「楽しそう…… だね」
「……………… だな」

思わず顔を見合わせて、お互い嬉しそうに口元を綻ばせた。
その様子と言ったら、まるで水を得た魚の様。

「会長、助太刀します!」
「お姉様、今行きますー!」
「お前は会長の邪魔になるからダメだ!…… あっ、コラ、待てって!!」

いつの間にやら、ぎこちなかった空気も修正。
爛々と好奇心に輝く目の先にあるのは、揺れるポニーテールの後ろ姿。

固い廊下を上靴で蹴って、二人は何よりも愛しい人の所へ向かって、全力で駆け出した。




End




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