大木姉弟 2006/03/18(土) 22:36:42 ID:iypxSMdD


春の柔らかな風がさらりさらりとまるで絹のように美しい髪を撫でている。
窓辺で趣味の刺繍をしていた姉、杉音はいつの間にかうたた寝をしているらしく窓枠にもた
れかかったまま動かない。レースで縁取られたクリーム色のワンピースの裾が軽やかに揺
れている。
「姉さん、そんなところにいたら風邪をひくよ」
大判のショールを持って玲夜が近付いてくる気配にも全く気付かず、無垢な寝顔を晒してい
る姉は一体どんな夢を見ているのか。
それが少しだけ知りたいと思った。
ショールを肩にかけてそっと様子を伺うと、わずかに唇が微笑んでいる。ああ、きっといい夢
なのだと安堵しつつも、夢の中にだけは入ることの出来ないもどかしさが焦りを生じさせる。
「…姉さん、今は幸せみたいだね」
よく手入れのされた髪を一束手に取って頬に当てると、それはとても心地良くさらりと零れ
落ちた。
本当はこの人に一番の幸せを与えてあげたいのだけど。
姉と弟で生まれた以上は生涯決して叶うことのない望みがちりちりと胸を焼く。
そう、そんな分別と割り切りがあったからこそ、一度は不本意にも他の男にこれほど愛しい
姉を渡しそうになった。
結果的にそれはあえなく破談となったのだが、今後も幾らでもこの優しく、美しく、賢く、全
てが完璧な姉に縁談は来るだろう。その時に自分は平静でいられるだろうか。
それが分からない。
もちろん、姉は愛する人と結ばれて幸せな家庭を持つことを夢見ている少女のように可愛い
人だ。もしも誰かに心を奪われたとしたら、その瞬間に全てがその相手の色に染まることだ
ろう。そんな変化をその時、心静かに受け止めていられるかどうか。
「姉さん、誰のものにもならないで」
心の中の困惑を表すように、手にした髪が全てはらりと落ちた。
「…玲ちゃん?」
突然、金粉のように美しい声が舞った。




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